厲旭リョウクに会うために


もうかなり前のことになるけど、リョウクという人の握手会が香港で行われた。
この人はスーパージュニアという一般名詞のような名前の韓国アイドルグループのメンバー。
実は、韓国の兵役制度に従って、今年からひっそりと軍隊に入っている。
二十代最後、アイドルとしては絶頂のときに軍隊に二年間も服務してチャンスを失うのは辛いにきまっている。
そんなリョウクさんの最後の握手会がなんと香港CWBのウィンザーで行われた。
6月には兵役に就いたと言われているから最後も最後。
ファンからしたら会える最後のチャンス。
だから日本から沢山の女性が会いたいと願い、チケットを手に入れるチャンスを必死で探した。
でもこの握手会、普通の握手会と違って、ウィンザー主催。
チケットを手に入れる手段が全くイレギュラーで、どこの販売代理店も引き受けようとしなかった。
手に入れられる保証が無いから。
その条件は5月21日に900HKDのお買上げをしたお客さんに12時から夜10時までの間先着順でチケットをくれるというもの。
握手会の日は5月29日。
なので、海外からチケットを手に入れて、握手もしようと思ったら必然的に2回香港に来なきゃいけなくなる。
そもそも、12時までに買い物をどこですれば、110枚限定のチケットを確実にカウンターで交換できるのか、読めない。
ぶっつけ本番だから失敗は許されないが当日何が起こるか全くわからない。
販売代理店が引き受けないのも無理はない。
ばかみたいな話だけど僕はそんな女性のために半分は興味本位で、
いや正直興味本位100%で、チケットを手に入れるお手伝いをした。
そして実際にとても面白い人間という生物の社会性を見た。
アイドルを追いかけるものたちの執念を先読みすることがこの勝負の決め手。
僕には確信があった。
本当にアイドルに会いたい人たちは、当日朝なんかにノコノコ来ない。
絶対に夜から来るにきまっている。たとえそれが徒労に終わろうとも絶対に来ている。
だから僕は前日5月20日の夜8時に行動に移すことにした。
到着したカウンターにはまだ誰もそれらしき人はいなかった。アホかおれ!!
だって、まだ店も全然開いている時間。
そもそも夜になったらビル自体が閉まる。
仮にそこにいても徒労になる可能性が高いじゃん。
気を取り直して、とりあえず一階ロビーにあるチケット交換カウンターのおねえちゃんと話す。
僕「リョウクのチケットがほしいんだけど」
店員「バカね笑 明日の12時からよ。今ここにいても無意味。明日また朝来ると良いわよ。」
僕「そうなんですね」
そして元気寿司に向かう。
ウィンザーには僕の好きな元気寿司があるのだ。
お腹いっぱいになって9時。
戻ってみるとすでに何人かたむろしていた。

そして、その女性たちはカウンターの前に列を作り出した。
別にそこに並べなんて誰にも言われてないのに。
なんなら、この列の法的根拠は?正当性は?と問いたい。
むしろ僕が最前列なんだぜ、と声高らかに叫んだらどうだろう。
しかし、それをするのは危険だと僕の野性的直感がビンビンと伝えてくる。
その流れに逆らうことは、命がけのファンたち大多数を的に回すことになろう。
おとなしく列の後ろにつくべきだ。

あっという間に列は長くなっていた。

しかも、よくあるように一人さえ並んでいれば、友達はあとから合流できるという世の中のルールがあるらしい。
大喜びしながら合流するあとからくる友達たち。
そして、僕はどんどん列の後方に追いやられる。
おいおい、それってどうなのよ。
僕、最低、トップ15には入っていたのよ。
お前ら俺の後ろに並べよ。
いや、ここでそれを言ったら危険だ。こいつら全員を的に回すのは避けたい。
なによりここには男が僕一人しかいない。
郷に入っては郷に従え、だ。
そして、僕も同じように友達や後輩を呼んだ。
しばらくすると、ファン代表のような顔をした元気な女たちが列を仕切り始める。
この列の正当性を担保するために、みんなで整理番号を作るというのだ。
しかも並んでいる人、一人につき一枚というルールを課すという。
僕は4枚欲しかった。
しかし、友人入れても現時点で3枚。一人足りない、、。
そもそもその整理番号になんの法的根拠が?正当性が?
勝手にルール作ってんじゃねえ。
それは喉に飲み込まざるを得ない言葉。
ここの列にならぶ女性たちの最大の懸念は列そのものの正当性。
この列は弱い。
いつビル管理人によって締め出され、崩壊させられるかわからない。
その場合、混沌が訪れる。
今、ここにある列の正当性とそれを証明する何か。
それを皆求めていた。
そこにニーズがある限り、全ての人にとって有益である限り、ルールが生まれる。
ルールは法律となり、そしてそれに人は従うことを強いられる。
法律とはそうやって作られるべきものなのだ。
だが、法律にも抜け道はある。全てが絶対ではない。
多少の融通は許される。
僕は言った。
「僕は日本人だ。リョウクに会いたくて日本から今、ここに向かっている女性たちがいる。
その人達はあなた達と同じ条件ではない。それだけの苦労をして今まさに飛行機で飛んでここまで来ている。
そんな人達のためにあと1枚だけ整理券をくれ」
そして法の番人たるファンの代表は一枚余分にくれた。
ただし、深夜12時になったら、点呼を始める。そのときに頭数が揃っていなければ権利は無効となる。
という条件がついた。

この4枚の紙切れが、今ものすごい価値を帯びた。
11時閉店。
本来なら我々がここにいていいという理由など無い。
しかし、ビル管理人すら、もはやこの列の正当性を認めざるを得ない。
僕達はぞろぞろと上の階へ連れて行かれ、そして待機場所をあてがわれた。

全てのルールが自然発生的に生まれ、そしてここに来て、完成をみる。
しっかりしたレールに並ばされた僕達。
そして、整理番号。
そこに並び、そして番号が110番以内であれば確実にチケットが手に入る。
これはもう一つの問題の解決をも生む。
「5月21日に900HKDのお買上げをしたお客さんに12時から夜10時までの間先着順でチケットをくれる」
ウィンザーが定めたこの規則はこう法的解釈を与えられた。
「列に並んだ人は一旦抜けて12時までに900HKDを使うこと、その後12時から整理番号順にチケットが与えられる」
もちろん、この設定に至るまで全てが勝手に決まっていったわけではない。
ファン代表の元気な女の人たち。
逆らうと怖そうなその女の人たちが、ほか大多数のファンのみならず、ビルの社員たちを説得し、紙切れの意味を説明し、
そしてそこにいる全員を納得させて作り上げたものなのだ。
どこにでもリーダーは生まれる。
リーダーもまた人に過ぎない。
ただ、そのリーダーの声には価値があった。
そこにいる民衆全員にとって有益な主張があった。
民衆の支持を得て、リーダーとしての正当性を確立する。
そしてリーダーはリーダーたりえる。
一度、リーダーとなったものを失脚させることは不可能。
リーダーは民衆によって守られている。

これがリーダーの勝利の証。
その後、僕は友人たちと酒を買い込み。
リーダーに守られた平和な世界で、宴に明け暮れた。
待っていた女性も点呼ギリギリの時間に来て、なんとか整理券を奪われずに済んだ。
朝6時。始発が走り始めるころ。
すでに列は110人を超えていた。
朝イチで乗り込んでいた女性たちはその権利を得られなかった。
朝、10時。一部の店が開店を始める。

僕も900HKD分のコンドームを買い切る。なぜ、コンドームを買ったのかはわからない。
ただ、薬局で買ういつか必ず使うもの、として思いついたものがそれしかなかった。
徹夜明けで頭がぼーっとしていたのかもしれない。
そして僕はチケットを手に入れた。

それはあまりにも薄っぺらい、その辺の路上で配られている広告のような紙切れだった。
しかし、この紙切れは僕の15時間の戦いの結晶なのだった。
受け取るとすぐに10人以上の中学生くらいの女の子たちに囲まれた。
女の子たちに囲まれて、見つめられ、懇願されたことなんてあるだろうか。
中学生「チケットを売ってください!」
その子達は両親に夜から並ぶことを許されなかった女の子たちなんだろう。
こんな子たちが僕の15時間に見合う対価を払ってくれるとはとても思えない。
が、、、
一瞬、心が揺らぐ。
こんな紙切れ、本当に欲しがっているこの子にあげちまいたい。
でも、僕にはこれを渡さなきゃいけない人がいる。
だから僕は目をつむり、見て見ぬふりをして、その場を立ち去った。
いつ使い切れるともしれない大量のコンドームを片手にぶら下げて。


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